余白①|片付けから始まった

余白①|片付けから始まった

余白①|片付けから始まった

母の家に入って、
最初に向き合うことになったのは、
介護の準備ではありませんでした。

扉を開けた瞬間、
「……え?」
ここまで物で溢れているとは、正直、想像もしていなかったのです。

しばらくその場に立ち尽くして、
足の踏み場がないって、こういうことなんだぁ……と、
少し呆然としました。

一つ片付けると、また次が出てくる。
片付けても、片付けても、終わりが見えません。
介護の話をする前に、
まずこの家をどうにかしないといけない。
どうやら、順番が違っていました。

使っていないものばかりなのに、
「これはいらない」と言い切れるものは、
思ったより多くありません。

捨てようとすると、
「それは捨てちゃだめ」と母。

「何に使うの?」と私。
「そのうち使うの」と母。

このやり取りを、
何度も、何度も、何度も……。
正直、この会話だけで、
体力より先に気力が削られていきました。

片付けが大変というより、
母の考えがまったく読めないことに、
戸惑っていたのだと思います。

もしかしたら私は、
母のことを何も知らなかったのかもしれない。
そんなことを、
片付けの合間に、ぼんやり考えていました。

相手を変えようとしても無理なんだ、
ということを、
頭ではなく、
心のほうが先に理解し始めていた頃だった気がします。

……とはいえ、この頃の私は、
まだどこかで、
「うまく説得できるはず」と思っていました。
言いくるめられる、とまでは言わないけれど、
折り合いのつけ方は、
こちらが考えるものだと思っていたのです。

そんな考えが、
少し揺らいだ出来事がありました。

母は、夏でも毛糸のパンツを履く人です。
入院中の洗濯物を預かったとき、
「看護師さんに見られたら恥ずかしいから」と言って、
ツギハギだらけのパンツの穴を
縫ってきてほしいと頼まれました。

正直に言えば、
新しいものを買えばいいのに、と思いました。
そう言ってみましたが、
母は譲りません。

仕方なく、言われた通りに縫うことにしました。
縫いながら、
これまでに重ねられてきた母の縫い目を眺めていました。
上手とは言えないけれど、
何度も直されて、
それでもまだ使われている跡。

布に残った縫い目を追いながら、
「ものを大切にする」という言葉の意味が、
少しだけ分かった気がしました。

そして、
ものを大切にする、というのはもちろん、
そうせざるを得なかった時間が、
そこに残っているようにも感じました。

実際に、
一針、一針縫っていくうちに、
私の中にも、
少しずつ愛着のようなものが湧いてきました。

ただ直しているだけのはずなのに、
手を動かすほど、
この布がここまで残ってきた理由が、
分かる気がしてきたのです。

処分できない気持ちも、
簡単には手放せない理由も、
このとき初めて、
「ああ、そういうことか」と、
心のほうが先に理解した気がしました。

もちろん、
それですべてが変わったわけではありません。
片付けは続くし、
会話は相変わらず噛み合わない。
私はまだ、
分かったつもりになりかけていただけだったと思います。

ただこの頃から、
「変える」よりも「見守る」ほうが、
案外、疲れないのかもしれない。
そんな感覚が、
少しずつ芽を出し始めていました。