介護が始まってから、
姉妹のやり取りは、ほぼLINEになりました。
電話をするほどでもないけれど、
共有しておいたほうがいいことは、
意外とたくさんある。
体調のこと、通院のこと、
食べた量や、眠っていた時間。
文章にすると、
どれも短くて、事務的です。
ときには、その裏に何かあったな…と感じることがあっても、
あえて、突っ込まないことにしていました。
実際は、その短い文章の裏で、
それぞれの一日が、
それぞれの場所で流れています。
同じ母のことを話しているはずなのに、
返ってくる言葉が、
微妙にずれていることもあります。
噛み合わない、というほどでもない。
でも、ぴったりでもない。
だいたい、そんな感じ。
母のそばで見ている人と、
自分の家で日常を回しながら
状況を受け取っている人とでは、
どうしても、
感じている重さが違います。
「今日はわりと元気だったよ」という一文も、
その場にいる人にとっては、
声の調子や、動き方や、
一瞬の表情まで含んだ言葉なのに、
読む側には、
どうしても文字だけが残る。
「どう思う?」と送ると、
「任せる」
「どっちでも」
「今は決められない」
冷たいわけではない。
たぶん、
それぞれの精一杯。
三者三様、と言えば聞こえはいいけれど、
その言葉では拾いきれないほど、
置かれている状況や余裕には、
はっきりとした差があったのだと思います。
LINEは便利で、
すぐに届いて、
すぐに返せる。
でも、
気持ちの温度や、
その日の余裕までは、
一緒に送れない。
句点ひとつ、
改行ひとつで、
文章の印象が変わってしまうこともあります。
それでも、
やり取りが完全に途切れることはありませんでした。
完璧に分かり合えなくても、
話が噛み合わなくても、
連絡だけは、
だいたい続いていく。
姉妹のLINEは、
そんなふうに、
少しずれたまま、
母を囲む時間の一部として、
今日も静かに流れています。

