自分の家に戻ると、
そこでは、いつも通りの一日が続いていました。
玄関に入った瞬間から、
介護の緊張感とは、
まったく別の空気。
「明日、体操服いるから」
と、夜になってから洗濯物を出す息子。
「今?」と思いながらも、
何も言わずに洗濯機を回す。
その横で、
「このカラコンと、こっち、どっちがいいと思う?」
と、真剣な顔で聞いてくる娘。
どっちでもいいと言えば怒られるし、
適当に答えると、
「ちゃんと見て」と言われる。
そんなやり取りをしながら、
ごはんを作って、
洗濯物を干して、
一日が終わっていく。
自分の家に戻っても、
束の間の安堵感はあっても、
気持ちがきれいに切り替わるわけではありませんでした。
頭の片隅には、
母のことがあって、
今日の様子はどうだっただろう、と
ふと思い出す。
それでも、
この家では、
生活が止まりません。
介護をしている時間だけが、
介護なのではなくて、
こうして、
別の場所で過ごしている時間にも、
その気配は、
ずっとついて回っていました。
でも、
息子の体操服を干しながら、
娘のカラコンの色を一緒に悩みながら、
「こういう何でもない時間って、
実は、かなり幸せなのかもしれないな」
と、ふと思う瞬間がありました。
大きな感謝とか、
特別な気づきではありません。
ただ、
笑って、
少し面倒で、
明日もたぶん同じことをする。
そんな日常を、
介護が始まったからといって、
すぐに手放せるものでもなくて。
この頃から、
そんなふうに感じ始めていたのかもしれません。
私の家では、
今日も、
いつも通りの一日が続いていました。
その「いつも通り」が、
前より少しだけ、
愛おしく感じられるようになりながら。

