余白⑥|揃えたけれど、使われなかったもの

余白⑥|揃えたけれど、使われなかったもの

介護が始まって、
わりと早い段階で、
私の中に「ちゃんと準備しなきゃ」というスイッチが入りました。

転ばないように。
少しでも楽になるように。
調べて、比べて、レビューも読んで。

今思えば、
あの頃の私は、
介護というより
準備に本気でした。

どこか、
赤ちゃん用品を、
まだ生まれてもいないのに
先の先まで揃えてしまう感覚に、
少し似ていた気がします。

何が必要になるのか分からないから、
とりあえず、
できることは全部やっておきたい。
不安を、
段ボールに詰めていたような感じです。

届いた段ボールを開けながら、
「これでひとまず大丈夫」
と、なぜか一人で安心する私。

まだ何も始まっていないのに、
もう一仕事終えた気分でした。

ところが、
いざ生活が始まってみると、
それらは、驚くほど出番がありませんでした。

使うはずだったものが、
使われない。
置き場所だけ決まって、
そのまま定位置。

「今日は、これじゃない」
「それは、いらない」

母の一言で、
介護グッズたちは、
次々とベンチ要員。

しばらくすると、
部屋の隅に、
静かに並ぶ段ボールたちが、
なんだか申し訳なさそうに見えてきます。

ごめんね、
せっかく来てもらったのに。
いや、呼んだの私だけど。

最初は、
「無駄だったかな」と思っていました。

でも、
あんなに真剣に選んで、
結果ほぼ使われないという事実が、
だんだん可笑しくなってきました。

あの必死さは何だったのか。
準備万端だったのは、
母ではなく、
完全に私の気持ちのほうでした。

介護って、
思ったよりも、
計画通りに進まない。

それを、
身をもって教えてくれたのが、
使われなかった介護グッズたちだったのかもしれません。

今も、
そのまま置かれている箱を見ると、
「ちゃんとしようとしてたな、私」
と、
少しだけ笑ってしまいます。

笑えるくらいには、
時間が経った、
ということかもしれません。