余白⑤|生活を止めない

余白⑤|生活を止めない

今思えば、
私はかなりの勢いで、
自分の生活を止めていました。

そうせざるを得ない、
と思い込んでいた、
というほうが近いかもしれません。

母の介護が始まって、
実家の片付けに追われ、
あれもこれも後回し。
気づけば、
自分の予定は、
きれいに消えていました。

当時は、
それが正しいのかどうか考える余裕もなくて、
そうせざるを得ないのだと、
自分に言い聞かせていました。

今はそういう時期なのだと、
半ば諦めるように、
受け入れていたのだと思います。

実家は、市の外れにあります。
夜になると、
星がやけにきれいに見える場所。

聞こえはいいけれど、
コンビニも、
スーパーも、
ちょっと気軽に行ける距離ではありません。

母の介護のために
実家に入ると、
基本、出かけない前提の生活になります。

今でこそ、
ネットがあって、
どうにかなることも多いけれど、
実際にその場にいる感覚は、
かなり昭和。

静かで、
人の気配が少なくて、
時間だけがゆっくり進んでいく。

その中にいると、
知らないうちに、
社会との接点が、
すっと薄くなっていく感じがありました。

気づけば、
人と話す機会も減って、
外の世界の出来事が、
どこか遠い。

その感覚が、
じわじわと、
心に効いてきていたのだと思います。

だから、
「生活を止めない」と意識し始めたのは、
前向きな決断というより、
これ以上止めたら、
自分のほうが先に動けなくなる、
そんな予感があったからでした。

普段の生活に戻ることは、
どこかで、
少しだけ罪悪感とセットでした。

今、これをしていていいのだろうか。
母のことを思えば、
もう少し我慢すべきではないか。

そんな気持ちと、
天秤にかけながらの生活。

それでも、
仕事をして、
人と会って、
いつもの時間を取り戻していく。

それは、
介護を軽く考えたからではなくて、
ちゃんと続けるために、
自分の生活を残す、
という選択だったのだと思います。

生活を止めない。
大げさに言えば、
それは、
介護の中で、
私が自分を見失わないための、
ささやかな抵抗でした。