第51話|母の手を見つめる——時間が連れてきた気づき
何もしていない時間に
母のそばにいる時間が長くなるにつれて、
何もしていない時間も
増えていきました。
話すこともなく、
用事があるわけでもない。
ただ、
そばにいて、
母の手が目に入る。
そんな時間でした。
手が語っていたもの
母の手は、
以前よりも
ずいぶんと細くなっていました。
骨の形がはっきりして、
皮膚はやわらかく、
力を入れると
簡単にこちらの手の中に収まってしまう。
その感触に、
驚くことも、
言葉を失うこともありました。
何かを語っているわけではないのに、
その手は
確かに、
「とき」を語っていました。
触れることで気づくこと
手を取ると、
温度が分かる。
少しの動きも、
すぐに伝わる。
言葉を交わさなくても、
今どういう状態なのかが
触れることで分かるようになっていました。
見守る、というよりも、
感じ取る。
そんな関わり方に
変わっていったのだと思います。
過去を思い出すわけでもなく
不思議なことに、
その手を見つめているとき、
昔の思い出が
次々によみがえるわけではありませんでした。
子どもの頃の記憶や、
若い頃の母の姿。
そうしたものよりも、
今、ここにある
この手。
それだけが、
はっきりと
目の前にありました。
今という時間に立ち会う
母の手を見つめながら、
私は
「この時間に立ち会っている」
という感覚を
強く持つようになっていました。
何かを残すためでもなく、
意味づけるためでもなく。
ただ、
同じ時間を生きている。
その実感が、
言葉の代わりに
胸に残っていました。
時間が連れてきたもの
できることが減り、
言葉が少なくなり、
眠る時間が増える。
その先で、
ようやく気づいたことがありました。
何かをしてあげることよりも、
そばにいること。
何かを伝えることよりも、
同じ時間を過ごすこと。
母の手は、
それを
静かに教えてくれていたのだと思います。

