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第49話|支える輪が重なっていく——在宅で生きるという選択
家族だけではなかったという気づき
母のそばにいる時間が長くなるにつれて、
その時間は
私たち家族だけのものでは
なくなっていきました。
手を握る静かな時間のそばに、
いつの間にか
いくつもの支えが
重なっていたのです。
誰か一人が支えている、
という感覚ではありませんでした。
気づけば、
そっと手が添えられている。
そんな関わり方でした。
それぞれの役割が、自然につながる
ケアマネジャーは、
生活全体を見渡しながら、
必要な支援を静かに整えていきました。
訪問看護師さんは、
毎日の変化を受け止め、
迷いがあれば一緒に考えてくれました。
訪問診療の先生は、
体調の変化があればすぐに駆けつけ、
判断を一人で抱え込まなくていい状況を
つくってくれていました。
薬剤師さんは、
薬を届けるだけでなく、
飲み方や量、
その日の状態に合わせた提案を
淡々と重ねてくれました。
誰かが前に出るわけでもなく、
誰かが指揮を執るわけでもない。
それぞれが
自分の役割を果たしながら、
自然につながっていました。
「家で過ごす」を、現実にする人たち
在宅で過ごす、という選択は、
気持ちだけでは続きません。
その選択が
日々の生活として成り立つのは、
それを支える人たちが
そこにいるからでした。
できないことが増えても、
「無理ですね」と切り離されない。
「こういう方法もあります」と
現実的な選択肢が差し出される。
その積み重ねが、
母の「家でいたい」という思いを
現実の時間として
支えていました。
私たちが“家族”でいられた理由
支援が入ることで、
私たちは
すべてを背負わなくてよくなりました。
判断を一人で抱え込まない。
迷いを、そのままにしない。
その余白があったからこそ、
私たちは
介護者である前に、
家族でいることができたのだと思います。
寄り添うこと。
そばにいること。
それを
無理なく続けられる形が、
そこにはありました。
支えは、見えないところで重なっていく
大きな言葉で語られることはなくても、
淡々と、
同じ調子で続けられる関わり。
それは、
目立たないけれど、
確かな力でした。
在宅で生きる、という選択は、
一人で成し遂げるものではありません。
静かに重なり合う支えの輪の中で、
私たちは
その時間を生きていたのだと、
今ははっきりと感じています。

