第44話|支援者がそばにいる安心——言葉より、存在が支える日
家族以外の人が来る日常
この頃になると、
家には定期的に
家族以外の人が訪れるようになっていました。
訪問看護師さん、
訪問診療の先生、
薬を届けてくれる薬剤師さん。
誰かが来ることが、
特別な出来事ではなく、
生活の一部として
静かに組み込まれていきました。
支援の頻度が変わる
この時期から、
訪問看護は毎日になりました。
体調の変化があると、
訪問診療の先生も
その都度すぐに来てくれます。
「様子を見ましょう」ではなく、
「今、行きますね」
その一言が、
どれほど心強かったか——
言葉にしなくても、
十分に伝わってきました。
「在宅で看取る」という意識
支援の頻度が増え、
体制が整っていくにつれて、
私たちの中にも
ひとつの意識がはっきりしてきました。
本格的に、在宅で看取る。
誰かが口に出して
宣言したわけではありません。
けれど、
訪問の回数や
連絡の速さ、
家の中の空気から、
「そういう段階に入っている」
ということは、
自然と共有されていました。
それでも消えない葛藤
意識が整っても、
体制が整っても、
在宅での介護が
楽になるわけではありません。
できること。
できないこと。
迷い。
不安。
「これでいいのだろうか」という思いは、
いつもそばにありました。
支援者がいる安心と、
家で看る難しさ。
その両方を抱えながら、
日々を重ねていた時期でした。
言葉より、存在が支える
それでも、
支援者の方々が
変わらない調子で
そばにいてくれること。
必要なときに、
必要な人が来てくれること。
その事実が、
迷いの中にいても、
前に進む力になっていました。
支援とは、
何かをしてもらうこと以上に、
一人ではないと実感できること。
この頃、
その意味を
静かに受け取っていたように思います。
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