第40話|日常が急に重くなった頃——誰かがいることが前提になる

第40話|日常が急に重くなった頃——誰かがいることが前提になる

第40話|日常が急に重くなった頃——誰かがいることが前提になる

ベッドが生活の中心になったあとで

こたつからベッドへ。
生活の中心が移ったあと、
母の一日はさらに静かに、
しかし急速に変わっていきました。

それは、
少しずつというよりも、
日を追うごとに目に見えて
進んでいく変化でした。


食事の場所がなくなっていく

この頃には、
ダイニングテーブルにつくことは
ほとんどなくなっていました。

食事は、
ベッドの上で。
ほんの数口。

スープを一口、
おかずを少し。
それだけで、
「もういい」と首を振ります。

食べる量が減った、
というよりも、
食べるという行為そのものが
大きな負担になっている

そんな印象でした。


着替えは「手伝って」ようやく

身支度も、
一人では難しくなっていきました。

服を持ち上げ、
袖に腕を通し、
体の向きを変える。

声をかけながら、
手を添えながら、
ようやく着替えが終わります。

以前のように
「どれにしようか」と迷うことはなく、
選ぶ以前に、
着替えることそのものが
ひと仕事
になっていました。


歩くことが、当たり前でなくなる

歩くことも、
この頃から急に不安定になりました。

一人ではままならず、
誰かがそばにつき、
体を支えながら
ようやくトイレへ向かいます。

ほんの数歩でも、
時間がかかり、
息が上がる。

それまで
「できていたこと」が、
次々と
一人ではできなくなっていく
そんな時期でした。


11月末の診察日

11月の終わり、
大きな病院での診察がありました。

この頃の母の様子を、
できるだけ淡々と、
事実として医師に伝えました。

診察が終わり、
母が先に席を立ったあと、
医師はそっと私に声をかけました。

「症状が、
急に悪化する可能性もあります。
それなりの
覚悟はしておいてください。」

静かな声でした。
脅すような言い方でも、
感情を含んだ言葉でもありません。

ただ、
医療者としての現実を
淡く差し出すような一言でした。


12月に入り、そのとおりになった

12月に入ると、
その言葉どおりの変化が
訪れました。

食事、着替え、移動。
どれもが、
さらに一段、重くなっていきました。

「誰かがいる」ことが、
選択ではなく、
生活の前提になっていきました。


切り替わりの時間

振り返れば、
ここがひとつの切り替わりの時間だったのだと思います。

日常が、
急に重くなった頃。

そして、
支え方そのものを
組み替えなければならなくなった、
始まりの時期でもありました。

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