目次
第39話|こたつからベッドへ——生活の中心が移る
過ごす場所が、少しずつ変わっていった
その頃から、
母が長い時間を過ごす場所が
少しずつ変わっていきました。
以前は、
こたつに入って、
編み物をしたり、
手を止めてテレビを眺めたりしていました。
冬になると、
こたつの中で体を温めながら過ごす時間は、
母にとっても、
どこか落ち着くひとときだったように思います。
しなくなったことが、静かに増えていく
けれどこの頃から、
編み物をすることがなくなりました。
テレビも、
いつの間にかつけなくなっていました。
理由を聞いたわけではありません。
「今日はいいかな」
その一言で、
こたつの中で目を閉じている時間が
増えていきました。
何かをやめた、というよりも、
自然と手が伸びなくなった——
そんな変化でした。
こたつから、ベッドへ
やがて、
過ごす場所は
こたつからベッドへと移っていきました。
起き上がることが、
少し大変そうに見える日が増え、
「横になっていようかな」と
母は自然にそう言うようになりました。
特別なきっかけがあったわけではありません。
ある日突然、というよりも、
流れの中で、
そうなっていった、というほうが近い気がします。
新聞だけは、変わらずに
そんな中でも、
ひとつだけ変わらなかったことがあります。
母は、
新聞だけは読んでいました。
ベッドに横になりながら、
ゆっくりと紙をめくり、
隅々まで目を通す。
編み物もなく、
テレビも消えたあとも、
新聞を読む時間だけは、
母の日課として残っていました。
生活の中心が移るということ
こたつからベッドへ。
それは、
何かを諦めた結果というよりも、
その時々の母に合った場所を選んだ結果
だったのだと思います。
できることは少しずつ変わっていくけれど、
母なりの「いつものこと」は、
形を変えながら
確かにそこにありました。
← 第38話|午後の眠りが深くなった日——話す時間が短くなる
第40話|身支度の変化——“選ぶ”ことが難しくなるということ→

