第27話|退院後4度目の診察日——初めてのCTと、待つ時間の重さ

第27話|退院後4度目の診察日——初めてのCTと、待つ時間の重さ

第27話|退院後4度目の診察日——初めてのCTと、待つ時間の重さ

抗がん剤の服用が4クール目を終えた頃、
母は退院後、初めてのCT撮影を受けました。

そして今日——
2025年11月中旬。
その結果を踏まえて行われる、5回目の診察日。

病院へ向かう道の空気は、
いつもの通院の日とは少し違っていました。

季節の冷たさだけではない、
胸の奥のどこかが
ゆっくりと沈んでいくような感覚がありました。


“いつも通り”を装う母の横顔

母は前日から服を整え、
バッグに小さな手帳を入れ、
落ち着いた表情で車に乗り込みました。

車の中ではいつものように
「今日は晴れてよかったね」
「道がすいてて助かるわ」
と他愛もない会話をしていました。

でも、ふと言葉が途切れる間の
母の横顔には
言葉にしない静かな緊張が見え隠れしていました。

こちらが「大丈夫?」と聞けば、
母はきっと
「大丈夫よ」と答えたでしょう。

けれどその答えを聞くのが
この日は少し怖く感じました。


病院の空気は、結果を待つ心を映すようだった

病院に入ると、
どこか冷たく乾いた空気が
体にまとわりつくように感じられました。

受付に並ぶ人、
呼び出しのアナウンス、
すれ違う看護師の靴音。

そのひとつひとつが
胸の奥の緊張を
静かに押し広げていくようでした。

母は手帳を膝に置き、
表紙を何度もそっと撫でていました。
その動作は、
心を落ち着けるための
小さな“おまじない”のようでした。


CT結果——進展なし・後退なし・現状維持

診察室に入ると、
モニターには母のCT画像が並んでいました。

医師は丁寧に画像を示しながら、
静かな声で言いました。

「進展も、後退もありませんね。
 現状維持といったところでしょう。」

その言葉は
良いとも、悪いとも言えない
曖昧な場所にそっと置かれたようでした。

続けて、医師はゆっくり語りました。

「抗がん剤が効いていない、とも言えますし、
 進行を防いでいるとも言えます。
 治療を続けるかどうかは、一長一短あります。」

診察室の空気が
少しだけ重くなった気がしました。


母は迷わず「続けます」と言った

医師の言葉を聞き終えると、
母は膝の上の手帳をぎゅっと握りしめ、
はっきりと言いました。

「私は続けたいです。
 やめたくありません。」

その声には、
揺らぎが一切ありませんでした。

私には、
抗がん剤の服用をやめることが
母の中では
「生きることを諦める選択」に
近い意味を持っているように見えました。

生活の質を上げるために治療を止める——
その選択肢は、
母の中には最初から存在していないようでした。

続ける苦しさよりも、
やめる怖さの方が
ずっと大きいのだろうと思いました。


結果の意味よりも大きかった“母の意志”

診察室を出たあと、
母はふだんと変わらない落ち着いた声で言いました。

「続けられてよかった。」

その言葉は、
“治療が効いているから”でも、
“未来が明るいから”でもなく、
ただ——

「今日も生きる道を選べた」
という、静かな決意の表れのように聞こえました。

CTの結果が
良くも悪くもない“現状維持”だったとしても、
母は確かに前を向いていました。

その姿に触れながら、
私は胸の奥に
言葉にならない感情が
ゆっくりと満ちてくるのを感じました。

結果がどうであれ、
今日という日は
“母の意志の強さ”に触れた日だったのだと思います。

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