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第21話|3週間に1度の通院日——病院へ向かう朝の支度と、母の小さな強さ
抗がん剤は
「2週間服用して、1週間休む」
その3週間が1クール。
この記録を書いている今は、3クール目の途中です。
薬とともに暮らす生活が続くうちに、
通院日は母にとって
“すこし特別な朝”になっていきました。
前日の準備——服を選ぶ母の手元
通院日の前日、
母はゆっくりと洋服ダンスの前に立ち、
何を着ていこうかと小さく悩む時間を楽しんでいました。
「少し明るい色のほうがいいかしらね」
そう言いながら服を並べては、
畳み直し、また並べる。
バッグの中も丁寧に整えていきます。
診察券、小さな手帳、ボールペン、薬のメモ——。
そのどれもが
母の「明日を迎える気持ち」に
そっと触れるようでした。
通院日の朝——少し早めの目覚め
当日の朝は、
いつもより早く目が覚めるようでした。
鏡の前で髪を整え、
小さな声で「よし」と言う母の姿は、
在宅で過ごす日とはどこか違う表情でした。
緊張というより、
自分の足で前に進もうとする
静かな意志のようなもの。
その横顔を見て、
胸の奥がほんの少し温かくなる朝でした。
車の中での他愛もない話
病院への道のりで、
私たちはよく他愛もない話をしました。
天気のこと、
庭の花のこと、
昨日観たテレビのこと。
深い話ではないのに、
そのどれもが
3週間に1度の“ふだんの母”を思い出させてくれる
大切な会話でした。
病院の空気に触れると、思い出すこと
病院の自動ドアをくぐると、
空気の匂いがふっと変わります。
在宅で過ごす柔らかな空気とは違う、
静かに張りつめたような温度。
その中で母は
姿勢を少し整え、
周囲に気を配るように歩いていきます。
“患者としての母”と
“家で過ごす母”が
そっと入れ替わる瞬間でした。
手帳を握りしめて待つ時間
診察前の廊下では、
母はいつも小さな手帳を膝の上に置き、
指先でそっと触れていました。
メモを取るための、
薄い紙の手帳。
先生の言葉を聞き漏らさないように——
そんな母の気持ちが
手元から静かに伝わってきました。
診察室でよく話すようになった母
診察室に入ると母は、
先生に聞かれてもいない近況を
よく話すようになりました。
猫の話、
家での小さな出来事、
気づいたこと、感じたこと。
そして必ず、
「治療は続けたいんです。
元気になりたいので」
と、まっすぐに伝えていました。
先生はその言葉を
一つも遮らず、
いつも丁寧に耳を傾けてくださっていて、
その姿を見るたびに
胸の奥がやわらかくなるようでした。
通院後の昼ごはん——楽しみにしていた時間
午前中の血液検査と診察を終えると
ちょうどお昼頃。
外食を楽しみにしていた母は、
いつも嬉しそうに店を選んでいました。
今は、一人前を食べきることはできません。
以前は、「もったいない」と言いながら
残さず食べていた頃の母を思い出し、
その変化もまた
やわらかく受け止められるようになっていました。
食べられる量が少なくなったのに、
食べることを楽しみにしてくれている。
それが、何より嬉しいことでした。
3週間に1度の“母の強さ”に触れる日
通院日はただの病院の日ではなく、
母が前を向こうとしている姿に
そっと触れられる日でもありました。
服を選ぶ手の動き。
早起きの朝の空気。
握りしめられた小さな手帳。
先生に伝える言葉の力。
そのどれもが
“治療を続ける”という意志を
静かに支えているように感じました。
在宅生活と病院の日。
そのゆらぎの中で、
母の強さは確かに
そこにあり続けていたのだと思います。
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