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第17話|負担軽減を目指して——見守りカメラとALSOKを導入した日
在宅生活が始まって2〜3ヶ月の間、
私たち姉妹は
昼夜問わず誰かが母のそばにいる生活を続けていました。
仕事の前に立ち寄り、
日中の仕事を調整し、
仕事の後にまた立ち寄り、
夜は交代で泊まり、
休日は各家庭のスケジュールを調整して埋めていく。
できるところまでは、
家族だけで支えたい——
その思いだけで走り続けていたように思います。
けれど、
その生活は誰がどう見ても“特別なやりくり”で、
いつか続けられなくなる日が来る
ということは、誰の目からも明らかでした。
母のために続けたい気持ちと、
家族全員が少しずつ疲れていく現実。
そのふたつの間で揺れながら、
私たちは「見守りの仕組み」を本気で考え始めました。
私たちが頼りたいと思った“安心”と、母が感じた“監視”
いくつかの選択肢を調べる中で、
たどり着いたのが
見守りカメラ と HOME ALSOK。
特にカメラについては、
昼間に母の様子が分かることで、
私たちが少し安心できるのではないかという期待がありました。
母に何かあったとき、誰も気づけなかったら——
その不安が、
私たちを急き立てていたのだと思います。
設置してしばらく経った頃、
母はカメラを見つめながら静かに言いました。
「もう子どもたちの好きにしていいよ。でも…
なんだか“監視されてる”みたいだねぇ。」
母の言い方は柔らかく、
責めるような響きはありませんでした。
ただ、
“長く一人で暮らしてきた自分の生活に、
誰かの視線が入り込む違和感”
が滲んでいました。
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が少し痛みました。
そして、
「安心のためにやったことが、
母を縛るものになってしまっては意味がないね。」
と、見守りカメラは撤去することにしました。
HOME ALSOKだけが残った理由
カメラは外したものの、
不安が消えるわけではありませんでした。
それでも、
母が嫌がらず、
家族も安心できる
その“間”にあるものを探した結果、
残ったのは HOME ALSOKのみまもりサポート。
万が一のとき、
ボタンひとつで駆けつけてもらえる。
それは母にとって
“誰かに守られている”という感覚ではなく、
“必要な時だけ助けを呼べる”という
自立を保った形の見守りでした。
母もそれはすんなり受け入れてくれました。
「これならいいわね。
必要なときに押せばいいんだもの。」
その言葉に、
私たちもようやく肩の力が抜けたような気がしました。
家族の安心と、母の尊厳。その間にある揺れ
この一連の出来事を通して、
私たちは知りました。
安心のためにできることと、
母の尊厳を守ることは、
いつも同じ方向を向いているわけではないということ。
私たちが “母を思って選んだはずのもの” が、
母にとっては
“自分の生活が奪われるような感覚” になることもある。
在宅生活とは、
その“揺れ”との折り合いを
ひとつずつ見つけていく日々なのだと思います。
カメラを外したことは、
母に寄り添う決断でもあり、
家族にとっての “本当の安心の形”
を探す第一歩でもありました。
そして今は、
HOME ALSOKという
無理のない距離でつながる安心
それが母にも、私たちにも合っているように感じています。
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