第16話|お風呂のリフォーム——“できるだけ安全に”を形にする
在宅生活が始まってしばらく経った頃、
私たち姉妹の間で最初に話題に上がったのは、母のお風呂のことでした。
母は長い間、
自分のペースで、
好きな時間に、
昔から使い慣れた浴室で入浴をしていました。
けれど、退院後の生活を見ていると、
その“当たり前”はもう安全ではないことがはっきりと分かってきました。
足取りの変化、疲れやすさ。
ほんの少しの段差さえ、母には大きな負担になります。
リフォーム前日、母が見せた「50年分の感謝」
工事の前日、
母はふっと懐かしそうに浴室を見つめながら言いました。
「このお風呂で…50年以上、ずっとお世話になったのよね。
写真、撮ってくれない?」
浴室の前に立った母の背中は、
少し小さく、けれど優しい丸みを帯びていて、
そこに確かに“暮らしてきた時間”が刻まれていました。
写真を撮ったあと、
母は静かにお酒とお塩を手にして
「長い間ありがとうね」と
小さくお礼をしていました。
その姿を見て、胸の奥がじんと熱くなりました。
工事の日——家の中に広がった、いつもと違う音
翌日の工事では、
浴室の解体音が家中に響きました。
トントン、ガガガ、キュイーン——。
その音を聞きながら、母は何度も
「本当に変わるのねぇ」と
少し不安そうに、でもどこか誇らしげに言っていました。
家が、
“これからを生きるための場所” に
ゆっくりと作り変えられていく時間でした。
完成した新しい浴室を見た母の表情
工事が終わり、新しい浴室に母を案内した瞬間、
母は小さく息をのんで、しばらく静かにその場に立ち尽くしていました。
手すり、浅い浴槽、段差のない床。
全体の色合いや明るさも自然で、
“介護用の空間” というより
これまでの暮らしの延長にあるような、やわらかな仕上がりでした。
「もう一度、写真撮ってくれる?」
母はそう言いながら、
新しくなった壁にそっと手を触れ、
これからの生活を思い描くように
静かに微笑んでいました。
その姿をカメラ越しに見つめながら、
胸の奥にゆっくりと波のような気持ちが広がっていくのを感じました。
どうしてもっと早く整えてあげなかったのだろう。
後悔という言葉ではうまく言い表せない、
長い年月の中で母がどれほど不便な浴室を使い続けてきたのか——
それを思うと、自然と胸がきゅっと痛くなりました。
けれど、
新しい浴室の中で静かに微笑む母の表情は、
そのすべてをやわらかく包み込むようで、
私は思わず深く息を吐きました。
“間に合ってよかった”
そんな小さな安心が、そっと胸に灯った瞬間でした。
家族としての小さな決意
このリフォームは、
ただの浴室工事ではなく、
母が家で生きていくための
「小さな覚悟」のひとつでした。
家は、
母の“生きてきた時間”を抱きしめながら、
これからの母を迎える場所でもある。
その両方を守るために、
できることから一つずつ整えていく。
そう思えた日でもありました。
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