第15話|宅配弁当という選択——便利さと“口に合わない”現実
母の食事について悩む日が続いていた頃、
私たち姉妹の間では、
ひとつの案が静かに浮かび上がっていました。
「宅配弁当、使ってみる?」
実は、この案はもっと前から頭の片隅にありました。
ただ、母に打診しても
いつもあまり良い反応ではなく、
「まだいい」とやんわり拒まれる日が続いていました。
だから長い間、
その選択肢は“見送られていた”のです。
けれど今振り返ると、
この頃が、
私自身の疲れの限界だったのかもしれません。
毎食ごとに工夫を重ねても残され、
台所でため息をつく自分がいて、
自宅に戻っても、子どもたちの夕食に間に合わない。
気持ちのやり場がどこにもないまま、
ただ日々が流れていくような時期でした。
半ば“強行”に注文した初めての宅配弁当
その日、私は
「とりあえずお試しで頼んでみたからね」
と、ほとんど勢いだけで母に伝えました。
返ってきたのは予想通り、
あまり歓迎されない反応でした。
けれど、もう手配してしまった以上、
「1週間だけ試してみよう」と自分に言い聞かせました。
当時の私は、
母の気持ちよりもまず、
自分の限界をどうにか立て直さなければ
という思いが強かったのだと思います。
宅配弁当は毎日1食ずつ自宅に届けられます。
サービスによっては“安否確認”の役割も兼ねており、
外部サービスを取り入れるきっかけとしては
十分すぎるほど整った仕組みでした。
この生活がどれだけ続くのか分からない。
そして、どこかの段階で外の力を借りなければ、
家族だけでは長く支えきれない——。
その現実を感じながらも、
思うように前へ進めない日々とのあいだで、
静かに心が揺れていました。
それに、
「母は食べたくても食べられないだけ」
「母に悪気はない」
ということは分かっています。
しかし
毎日の食事をめぐる小さな行き違いが重なるうちに、
些細な言葉でさえ胸に刺さってしまう——
そんな時期でした。
母の拒否、そして短い1週間の終わり
宅配弁当を頼んだと知った母は、
はっきりとした拒否の反応を示しました。
それでも1週間だけと、
予定通り届けてもらいました。
届いたお弁当は、
栄養バランスも柔らかさも配慮され、
見た目には申し分のないものでした。
けれど、母はなかなか箸を進めず、
「合わないわ」「なんか違うの」
その言葉だけが静かに繰り返されました。
1週間の中頃には、
家族の中で自然と
「続けるのはやめよう」
という結論にたどり着いていました。
宅配弁当は、
私たち家族にとって必要な“試み”ではありましたが、
母にとっては“日常の味”ではなかったのだと思います。
たった1週間だったけれど、私の中で何かが変わった
たった1週間だったけれど、
私の中で確かに何かが変わりました。
不思議なことに、
宅配弁当を頼んだあの短い期間が、
少しだけ私の心を軽くしたのです。
極限まで張りつめていた気持ちが、
ふっと緩んだような——
そんな静かな感覚でした。
そのとき改めて、気づきました。
私は 、
「母のためにすべてを最優先する」ことに囚われて
自分の生活を止めてしまっていた のだと。
食事づくりだけではありません。
どんな小さな場面にも、
「母のために」と全力で向き合おうとする自分がいて、
その裏側で、
私自身の時間や仕事、暮らしが静かに削られていく——
そんなジレンマが積み重なっていました。
外部サービスを使う・使わないの問題ではなく、
これは私自身の「あり方」の問題だったのだと思います。
過ぎてみないと、
この生活が短期間で終わるのか、
それとも長く続くのかは誰にも分かりません。
でも確かなのは、
一日いちにちが、
母にとっても私にとっても “今この瞬間” で積み重なっているということ。
ならば、
その一日がどういう時間になるか。
母との限られた時間を、豊かなときにするために、
心が感じることはなにか。
あの短い1週間は、
そんなことを考えるきっかけになりました。
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