第6話|術後の数日間——揺れる気持ちと小さな回復

第6話|術後の数日間——揺れる気持ちと小さな回復

第6話|術後の数日間——揺れる気持ちと小さな回復

手術から数日が経ち、病院へ通う生活が始まりました。
夕方の面会時間、できる限り病室へ向かうようにしていました。

術後の母は、驚くほどよく話し、
「起き上がってみようかな」と言っては、
看護師さんの手を借りながらゆっくりと身体を起こそうとしていました。

その姿は、手術直後に見せた“強さ”と同じで、
どこか安心する反面、
「この先どうなるのだろう」という不安が静かに胸の奥に残っていました。


少しずつ動き出す日常

術後2日ほど経つと、母は短い距離なら歩けるようになりました。
点滴を引きながら廊下に出て、
「歩けるよ、見てて」と言うように小さく笑う。

そのたびに、
“ああ、まだ大丈夫だ”
そう思える瞬間がありました。

けれどその“一瞬の安心”は、
翌日には体調の波で揺らぎ、
また元の場所に戻されるような時間でもありました。

母の体調は、
少し良くなったと思えば、
次の日には横になってほとんど話さない日もある。

回復と後退が入り混じるこの時期は、
見守る側として、もっとも心が揺れた時間だったと思います。


看護師さんの言葉に救われた日

ある日、母が疲れた顔で
「今日は歩けない」と言ったことがありました。

前日まで歩けていたのに、今日は無理——
それだけの変化なのに、胸がざわつきました。

不安な気持ちが顔に出ていたのか、
担当の看護師さんが静かに言ってくれました。

「術後は波がありますよ。
 いい日もあれば、体が言うことを聞かない日もあります。
 反対にいうと、それだけ身体が頑張っているってことなんです。」

その言葉に、
少しだけ肩の力が抜けたのを覚えています。

回復のスピードは、
家族の願いとは別のところで決まっていく——
当たり前のことなのに、
家族はつい“早く元気になってほしい”という気持ちを重ねてしまう。

この時期の母を見ていて、
それを痛いほど感じました。


母の言葉が残したもの

術後3日目の夕方、
母がふと小さな声で言いました。

「もう少し頑張れるかな。」

その言葉には、
希望と不安がどちらも混ざっているように聞こえました。

これまでの人生で、
弱音を吐くことのほとんどなかった母が
“頑張れるかな”と口にすること。

その一言が、
わたしの胸に静かに残りました。


帰り道にふと考えたこと

病院からの帰り道、
夕陽に照らされた街並みを横目に運転しながら思いました。

回復とは、
まっすぐ右肩上がりではない。

少し進んでは戻り、
また少し進んでは立ち止まり、
そのゆっくりとした揺れを
家族もいっしょに受け止めていくものなのだと。

術後の数日間は、
希望と不安が同じ速度で流れていたような
静かな時間でした。


伝えられない現実

術後の数日間、
母は「早く元気にならなくちゃね」と何度も口にしていました。
そのたびに、胸の奥が少しだけ痛みました。

この時点では、まだ手術の内容を母には伝えていませんでした。
がんを取り除いたわけではなく、
食事ができるようにするためのバイパス手術だったこと——。
その現実をいつ、どう伝えるべきなのか。
あるいは、先生から伝えてもらうべきなのか。

母が前向きな言葉を口にするほど、
その視線をまっすぐ受け止めることができない日々が続きました。

回復の波に合わせて揺れる気持ちと、
伝えられない事実を抱えたまま過ごす時間は、
思っていたよりもずっと静かで、
そして重いものでした。


今、思うこと

今振り返ると、
あの数日間は「回復の速さ」ではなく、
「母の生活がこれからどう続いていくのか」を
静かに見つめ直す時間だったのだと思います。

その日の体調に一喜一憂し、
良い日が来ればほっとし、
悪い日には不安が胸に広がる——
その繰り返しの中で、
家族として“できること”はとても限られていました。

そして同時に、
母自身が自分の体と向き合いながら、
小さな前進を積み重ねていたことも、今ならわかります。

🌿

回復は直線では進まない。
揺れながら、止まりながら、それでも少しずつ前へ向かう。

その過程をただ見守ることが、
この時期のわたしたちにとっての“役割”だったのかもしれません。

あの日々は、
焦らずに付き添うことの難しさと大切さを教えてくれた時間でした。

第5話|手術後の夜 —— 母の表情に見えた“別の強さ”
第7話|在宅生活のはじまり —— 家が“治療の場所”になるということ