第2話|告知のあと——家族で決めた最初のこと
現実を前にして
診断を受けたあの日から、数日が経ちました。
まだ気持ちの整理がつかないまま、
「これからどうする?」という言葉が、
家族の間で何度も繰り返されていました。
母の病名をどう受け止めるか。
治療をどこまで望むのか。
本人の意向をどこまで聞くか。
どの問いにも「正解」はなく、
答えを出そうとするほど、胸の奥がざわつきました。
家族で話し合った夜
その週の夜、姉妹3人で母の家に集まりました。
いつものようにお茶を入れて、
いつものように母が座るソファーには、静けさだけがありました。
話し合いは、最初からうまくはいきませんでした。
姉たちは「治療はできる限り」と言い、
わたしは「母の気持ちを優先したい」と言った。
どちらも間違いではないのに、
言葉の温度がすれ違う。
「母に聞いてみよう」と誰かが口にしても、
母はただ小さくうなずくだけでした。
医師の説明と、母の言葉
数日後、主治医の先生との面談。
今後の治療方針についての話でした。
母の体力や年齢を考えると、
積極的な治療は難しいかもしれないとの説明。
でも、できる範囲での対処療法はある。
わたしたちは、母の意思を尊重しようと決めていました。
先生の言葉が終わったあと、
全員が黙って母の声を待ちました。
その時間は、驚くほど長く感じました。
静まり返った診察室の空気の中で、
時計の音だけがはっきりと聞こえていたように思います。
そして、母が静かに言いました。
「できる限りの治療をしてほしい。手術もしてほしい。」と。
その言葉を聞いた瞬間、
母の中にある“生きようとする力”を感じました。
それは、現実の重さよりもずっと強く、
希望という言葉に形があるとしたら、
まさにその瞬間だったと思います。
手術を決めた日ー母の言葉と新しい現実
母の言葉を受けて、先生は静かにうなずきました。
「わかりました。では、手術をしましょう。」
その一言で、部屋の空気が少し動いた気がしました。
現実が、いよいよ“始まる”方向へ動き出した瞬間でした。
それまでどこか夢の中にいたような感覚が、
少しずつ具体的な日付や予定に変わっていく。
手術の日程、入院の準備、必要な持ち物、手続きの説明。
一つひとつが、目の前の現実として積み重なっていきました。
母にとっても、これが初めての入院でした。https://otonokiroku.com/story01/
病室で過ごす日々がどんなものになるのか、
わたしたちにも想像がつかない。
けれど、不思議と恐れよりも「支えたい」という思いが強くありました。
母が自分で選んだ“生きる道”を、
家族としてどう支えていけるかー
そのことを考える日々が、静かに始まりました。
今、思うこと
あのときの決断が正しかったのかは、今もわかりません。
けれど、あのときの「母の一言」があったから、
迷いながらも前に進めたのだと思います。
人生には、選び直せない決断があります。
その中で、できるだけ穏やかな道を選ぶこと。
それが、家族としての“最初の仕事”だったのかもしれません。
🌿 静かに話し合い、迷いながら選んだあの日。
あの夜の沈黙の中に、家族の優しさが確かにありました。

