第53話|寄り添うということ——過不足のない距離を知る
近づきすぎないという選択
母のそばにいる時間が増えるにつれて、
「何をしてあげるか」よりも、
「どこまで関わるか」を
考えることが増えていきました。
手を出しすぎると、
母の力を奪ってしまう。
離れすぎると、
不安を残してしまう。
そのあいだにある距離を、
日々、探していました。
何もしない時間の意味
声をかけない。
手を動かさない。
ただ、同じ空間にいる。
一見すると、
何もしていないように見える時間が、
実は一番、
母の呼吸に合っていることもありました。
寄り添うことは、
常に動くことではない。
そう気づく場面が、
少しずつ増えていきました。
過不足のない距離
近すぎず、
遠すぎず。
母が求めているときには応じ、
そうでないときは、
静かに引く。
その距離は、
言葉で確認できるものではなく、
日々のやりとりの中で
体で覚えていくものでした。
正解があるわけではなく、
その日ごとに
微妙に変わっていく。
寄り添うということは、
固定された形ではないのだと
感じていました。
見るということ
母をひとりの人として
見つめ直すようになったのは、
この病気になってからでした。
それが遅かったのかどうかは、
今も分かりません。
ただ、
それまで見てこなかった、
見ようとしてこなかった、
という事実だけが、
静かに残っています。
だからこそ、
今は、
過不足のない距離で
ちゃんと見る。
そのことを、
大切にしていました。
同じ時間に身を置く
寄り添うことは、
何かをしてあげることではなく、
同じ時間に身を置くこと。
母の一日と、
私たちの一日が、
完全に重なるわけではなくても、
どこかで並走している。
その感覚が、
この頃の私たちには
ちょうどよかったのだと思います。

