第50話|母の意思と私たちの覚悟——揺れながら重ねた選択

第50話|母の意思と私たちの覚悟——揺れながら重ねた選択

第50話|母の意思と私たちの覚悟——揺れながら重ねた選択

母の言葉が、静かに残る

この頃になると、
母が自分のことを長く話すことは
ほとんどなくなっていました。

それでも、ときどき、
短い言葉で
はっきりとした意思を示すことがありました。

「家にいたい」
「ここがいい」

理由を並べるわけでもなく、
誰かを説得するわけでもない。

ただ、
そう思っていることだけが
静かに伝わってきました。


私たちの中にあった葛藤

母の言葉を受け止めながら、
私たちの中には
いくつもの葛藤がありました。

在宅で過ごすことの難しさは、
決して和らいでいく感覚はなく、
日々、形を変えながら
続いていました。

体力のこと。
生活のこと。
仕事や家族、
これからの時間のこと。

「続けられるのだろうか」
「これでいいのだろうか」

その問いは、
今も完全には消えていません。


天秤にかけた時間

大げさに言えば、
私たちは
自分たちのこれからの人生と、
母の最期の時間を
天秤にかけていたのだと思います。

どちらが正しい、
どちらを選ぶべき、
という話ではありません。

ただ、
その時点では、
母の最期の時間に
重きを置いた。

それだけのことでした。


正解かどうかは、分からない

この選択が
本当に正しいのか、
誰かに胸を張って言えるのか。

正直に言えば、
今も分かりません。

在宅で過ごすことが
母にとって良かったのか。
私たちにとって
無理のない選択だったのか。

答えは、
今も揺れたままです。


それでも、今ここにある時間

それでも、
母が家で過ごし、
私たちがそばにいる。

その時間は、
確かに、
今ここにありました。

選択を正当化するためではなく、
後悔を避けるためでもなく。

ただ、
この時間を
一緒に生きている。

その実感が、
この頃の私たちを
静かに支えていました。

第49話|支える輪が重なっていく——在宅で生きるという選択
第51話|母の手を見つめる——時間が連れてきた気づき