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第46話|話す言葉が減っていく——沈黙が増えた日
言葉の量が変わってきた
この頃から、
母の話す言葉は、少しずつ減っていきました。
質問をすれば、
短く返ってくる。
返事がないときも、
特別な理由があるわけではありません。
言葉を探すこと自体が、
負担になってきている——
そんなふうに感じる場面が
増えていきました。
言葉が荒れる日もあった
一方で、
ときどき、
普段の母からは想像できないような
強い言葉が出ることもありました。
声を荒らげたり、
きつい言い方になったり。
薬の影響なのか、
病状の進行なのか、
思い通りにいかないことへの
いらだちなのか——
理由は、はっきりとは分かりません。
さっきまで
強い口調で話していたかと思うと、
次の瞬間には
何事もなかったように
静かになる。
その落差に、
戸惑うこともありました。
会話がなくなるわけではない
話す量が減ったからといって、
会話が消えたわけではありません。
目を合わせる。
うなずく。
小さく息を整える。
言葉以外のやりとりが、
自然と増えていきました。
こちらも、
多くを聞かない。
説明しすぎない。
必要なことだけを、
必要な分だけ。
会話の形が、
静かに変わっていったのだと思います。
沈黙と揺れが同時にある日々
沈黙が増えた一方で、
感情の揺れは
むしろ大きく感じられる日もありました。
穏やかな時間と、
荒れる言葉。
静けさと、
突然の強さ。
一日一日が、
目まぐるしく表情を変えていく。
その変化についていくこと自体が、
この頃の日常だったように思います。
話さない選択、話せない時間
母が話さないとき、
無理に引き出すことは
しなくなっていました。
話したくない、
というよりも、
話す力を
使わずにいたい。
その感覚を、
尊重するようになっていきました。
強い言葉が出た日も、
沈黙の長い日も、
どちらも
母の一部として
受け止めるしかありませんでした。
静かなやりとりの中で
話す言葉が減り、
沈黙が増え、
ときに感情が荒れる。
それでも、
同じ空間にいるという事実は
変わりませんでした。
何かを理解しきれなくても、
そばにいる。
その確かさが、
この頃の私たちを
つないでいたように思います。
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