第22話|昼間のひとり時間——穏やかな時間の中にある小さな気配

第22話|昼間のひとり時間——穏やかな時間の中にある小さな気配

第22話|昼間のひとり時間——穏やかな時間の中にある小さな気配

抗がん剤が3クール目に入った頃、
在宅での生活は少しずつ落ち着き、
母の“昼間のひとり時間”は
以前よりも自然な形になっていきました。


家の中に流れる穏やかな時間

この頃の母は、
テレビを観たり、新聞を読んだり、
編み物をしたりしながら、
穏やかにときを過ごしていました。

体調がいい日には、
庭の雑草を小さく摘んだり、
花壇の土をそっと触ることもありました。

「ちょっとだけね」と言いながら、
庭に立つ母の姿は
以前の生活の名残りのようでもあり、
こちらの心をほっとさせるものでもありました。


私に戻ってきた“日中の時間”

母の時間が落ち着いてきたことで、
私の中にも
少しずつ“自分の時間”が戻りはじめました。

食料や日用品の買い出しをしたり、
銀行や役所の雑用を済ませたり。
まとまった時間が取れそうな日は
仕事を静かに進めることも
できるようになっていきました。

ほんの短い時間でも、
自分のペースで動ける時間があるだけで、
心がふっと軽くなるのを感じた頃でした。


変わらず続いていた“食事の時間の支度”

とはいえ、
母の食事の準備だけは
変わらずに大切な役目でした。

昼になれば母のために、
湯気の立つ味噌汁や、
小さく切った惣菜を運ぶ。

その一つひとつが
生活のリズムを支えているようで、
この時間だけは
変わらずに続いていました。


不安よりも、穏やかさが勝っていた時期

3クール目は、
副作用も比較的落ち着いていて、
“悪くない日”が続く時期でした。

そのためか、
昼間の静けさが
“心細さ”ではなく
“穏やかさ”として家に満ちていたように思います。

母がテレビの音量をすこし上げる音、
洗濯機が回る音、
猫の鳴き声。

そんな日常の音が、
“生活が戻ってきている”
という小さな確信のようにも感じられました。


“この時間が続くのでは”と思えた日々

あとから思えば、
この頃の時間は
あまりにも穏やかで、
どこかで
「この状態がずっと続くのではないか」
と錯覚してしまうほどでした。

母が好きなことをして1日を過ごし、
私たちもそれに合わせて生活を整える——。

病気のことを忘れたわけではないのに、
“暮らし”そのものが
そっと息を吹き返したような時期でした。

その穏やかさが、
私たち家族にとって
どれほどの救いだったかは、
今になってより深く分かる気がします。

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